6. 営業デジタルシフトのKPIマネジメント(1)ファネルごとのKPI設定

営業デジタルシフトのメソッド

営業デジタルシフトのKPIマネジメント(1)ファネルごとのKPI設定

営業デジタルシフトでは、営業やマーケティングなどの部門間で分業と連携を図りながら、効率的かつ戦略的に顧客との関係性を築いていくことを目指します。ただし、実際には複数部門間での連携は容易ではありません。 

そうした連携を実現するための取組の一つとして、分業を前提としたKPIマネジメントが挙げられます。本記事では、営業プロセスに「ファネル」と呼ばれる概念を取り入れたうえで、KPI やKAI をはじめとする指標を用いたマネジメントを実行するポイントを解説していきます。 

基本的なファネル定義 

一般的に、営業のプロセスはファネル構造だといわれています。マーケティング施策などで生まれた見込み客(リード)の母数から具体的なニーズを認識できたリード、提案活動に入ったリード、受注に至ったリードのようにリード数が段階的に絞られていくプロセスが、じょうご(ファネル)の上から下に水が落ちるイメージで捉えられるため、このように呼ばれます。 

営業デジタルシフトでは、営業(フィールドセールス)が担当するファネルが従来よりも限定的になり、マーケティング、インサイドセールス、営業(フィールドセールス)でファネルの入口から出口までを分業していきます。このため、特定の見込み客(リード)が今ファネルのどの段階に位置しているのか把握する、共通のものさしや情報共有の仕組みが必要となるのです。 

ファネルの段階分けは実際の運用に応じてさまざまな粒度が考えられますが、代表例として次の5段階の分け方をご紹介します。こうしたファネルのうち、どの部門がどこを担当するのか、具体的な定義や受け渡しの条件などを部門間で合意することが重要です。

 

(1)MAL(Marketing Accepted Lead) 

マーケティングで獲得したリードのうち、競合、パートナー、個人客などのターゲットにならない企業を除外したリードを指します。マーケティング(またはインサイドセールス)のナーチャリング対象の母数として扱われます。 

 

(2)MQL(Marketing Qualified Lead) 

マーケティング(またはインサイドセールス)による1次ナーチャリング(ウェブや架電によるコンタクトなど)を実施した結果、顧客の興味、ニーズがあることを確認できたリード(=ホットリード)です。自社に関心を持ってくれている状態であり、営業への引き渡し候補になるリードだといえます。 

 

(3)SAL(Sales Accepted Lead) 

MQLのうち、営業(フィールドセールス)としても訪問活動を実施すべきと判断したリードです。マーケティング(またはインサイドセールス)から営業への受け渡し(商談化)が行われ、営業も訪問対応を進めている状態のリードだといえます。 

 

(4)SQL(Sales Qualified Lead) 

営業が顧客訪問およびヒアリングを実施した結果、本提案に向けて中期的に追うべきだと判断したリードです。 

 

(5)Opportunity 

顧客ニーズや課題を深掘りした結果、提案ソリューションが具体化し、本提案に向けて体制構築がされるなど、提案活動に入ったリードです。 

ここまで紹介したのはあくまで基本的な単位の分類なので、運用設計によってはさらに細かく段階分けしたいケースなどもありえます。ただしその場合は運用が煩雑になる可能性もあるため、実運用との兼ね合いをみて検討することが欠かせません。 

 

ⅡKPI・KAI・CVRとは

営業デジタルシフトの推進にあたっては、ここまで説明してきたファネルの段階ごとにKPIとKAIを設定して、それらの指標を用いたPDCAサイクルの設計・運用が非常に重要です。 

従来の営業組織では「売上目標」という結果のみに関心が集中しがちですが、営業デジタルシフトではファネルごとのKPIやKAIを設定して、最終的な実績をもたらした要因は何だったのか、プロセスを分解した上で分析することが可能になります。 

ここで改めてKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)KAI(Key Activity Indicator:重要活動評価指標)について意味と役割を確認しましょう。加えて、KPIの算出に関わる重要な指標として、CVR(Conversion Rate)についてもご紹介します。 

 

(1)KPI 

売上目標などのKGI(Key Goal Indicator)達成へのプロセスを評価する指標のこと。リード獲得数やOpportunityの件数・見込み金額など、クリアしていくことで最終的なKGIの達成につながる項目から設定されます。 

 

(2)KAI 

KGI達成へのプロセスを評価する点ではKPIと共通しますが、行動量を指標化したものがKAIです。具体的にはメール件数や架電数など、単純にどのくらい活動を行ったかを評価する指標だといえます。 

 

(3)CVR 

ファネルの各段階で創出したリードがどれだけ次の段階に進めたか、その割合を測る指標です。 

代表的な例といては、MALからMQLのCVR(マーケが獲得したリードのうち、ホット 

リードの割合)や、OpportunityからWinのCVR(具体的な提案活動に至ったリードのうち、受注した割合)が挙げられます。実際には、すべてのファネル間でCVRを算出・設定することが可能です。 

CVRは過去実績に基づいて算出されることが多く、目標とする受注件数などからCVRを用いて逆算していくことで、各ファネルで目標とするKPIを導くことができます。 

CVRはマネジメントの場面では、活動の量だけでなく質まで見据えた改善策を検討する際に有用な指標となります。たとえば、ファネルの前段階でリード数が量的に十分確保できていても、リードが次の段階に進む割合であるCVRが低すぎる場合には、ターゲットから外れたリードばかり獲得してしまっているなど、質に問題がある可能性が高いと判断できるでしょう。 

 

ⅢよいKPI・KAIとは何か 

KPI・KAIの適切な設定や運用によって営業プロセスのファネルごとの分析・管理が可能になれば、現場の日々の活動は目標に向かって促進され、マネジメントも途中経過を正確に把握して適切に対処できるようになります。 

だからこそ、多くの企業や事業がKPI およびKAI を用いたマネジメントを取り入れているわけですが、実際の運用では難しさを感じている方も多いのではないでしょうか。 

それでは、事業を成長に導くKPI・KAIの設定には、どのようなポイントがあるのでしょうか。ここでは、アメリカのジョージ・T・ドラン博士が提唱したSMARTモデルを用いて解説していきます。 

SMART モデルは、経営コンサルティングをはじめビジネスシーンにおいて広く活用されている目標設定に有効なフレームワークです。“SMART”は、Specific(具体的な)、Measurable(測定可能な)、Achievable(達成可能な)、Relevant (関連した)、Time-bound(期限を定めた)の5つの言葉の頭文字からきています。項目ごとに確認していきましょう。 

 

(1)Specific(具体的な) 

KPI、KAIは具体的かつ明確に定め、人によって解釈や定義がブレないようにすることが重要です。 

一般的に、特定の商談フェーズに到達したリードの数や金額をKPIに設けるケースが多くみられますが、商談フェーズの判断基準にムラがあると、KPIを達成したといえるのか、評価が曖昧になってしまいます。 

たとえばSQL(営業が訪問した結果、本提案に向けて追うべきと判断したリード)の件数をKPI においたとしましょう。その場合には、予算情報を取得している、課題認識を持つキーパーソンを見つけた状態であるなど、どのような条件を満たしているリードをSQLとするのかの判断基準を明確にする必要があります。 

総じて、「そのKPI・KAI が達成された状態」のイメージを関係者全員が共通して持てるように設計するとよいでしょう。 

 

(2)Measurable(測定可能な) 

KPI、KAIはできる限り計測可能なものを設定して、定期的に評価できる仕組みをつくることも重要です。 

Specific(具体的な)でも例として挙げた「SQLの件数」など、特定の商談ステージのリード数をKPIに設定する際は、商談ステージを明確に定義するとともに、どのリードがどの段階にいるのかを計測できる仕組みがなければなりません。 

そのためには、常にファネルのいずれかの段階にあるリードの全量と、それぞれのリードの状態がアップデートされるようなデータベースを構築する必要があります。あわせて、それらの情報を関係者間で定期的に可視化・評価する場を設けることも重要となります。 

ただし、そもそもデータベースがないケースや、リード情報を入力する習慣が確立していないなど、計測と可視化が困難なケースも考えられるでしょう。その場合にはある程度コストと時間をかけてでも、MA・SFA(CRM)ツールの導入も含めて、計測と可視化の仕組みを整えることをお勧めします。 

 

(3)Achievable(達成可能な) 

KPI、KAIは現実的にチャレンジ可能な目標に設定しましょう。 

検討している目標がチャレンジ可能なレベルを超えてしまったときには、CVRに着目することで調整できる場合があります。 

たとえば、売上目標から過去の実績ベースのCVRをもとに逆算し、各プロセスのKPIとKAIを設定したところ、目指すべきMALやSALの数が天文学的な数字になってしまう事例はしばしば見られます。その場合には、CVRを向上させる方策を先に検討して、そのうえで各プロセスのKPIとKAIを現実的なラインで設けられるように調整するとよいでしょう。 

もしくは、目標達成が可能になるように、営業デジタルシフトの推進やインサイドセールスの活用などによって、手段やリソースを拡充させるという方法も考えられます。 

 

(4)Relevant (関連した) 

大前提として、KPI、KAIはビジネス成果や事業目標(KGI)との関連性が高いものを設定しましょう。もしもKGIとの関連性が低いと判断したKPIやKAIが出てきたら、これらの指標は廃止したほうがよいと考えられます。 

組織マネジメントの観点でいえば、個人目標との関連性も重要です。組織の目標指標であるKPI やKAI と従業員の個人目標が紐づいていれば、個々がKPI・KAIに取り組む意義は強まり、モチベーションやパフォーマンスの向上につながるでしょう。 

 

(5)Time-bound(期限を定めた) 

KPI KAIは妥当な期日を設定することで、より目標達成を意識した具体的な行動が起こりやすくなり、生産性の向上につながります。 

適当な期日を設けるコツは、目標をある程度ブレイクダウンさせることです。「1年間で40件」という目標よりも、「四半期に10件」「1か月あたり2~3件」というほうが、より現実的な行動計画を意識するうえ、小さな成功体験も積みやすく適切だといえるでしょう。 

 

ⅣフローのKPI・ストックのKPI 

本記事の最後では、より実践的なKPIマネジメントのポイントとして、フローとストックの考え方を解説します。 

 

(1)フローのKPI 

フローのKPIとは、自部門から見て、特定の期間(一日、1週間、1か月)にどのくらいインプット、アウトプットの量があったか測定する指標のことです。 

たとえば、インサイドセールスが1週間の間にマーケティングから何件リードを受け取り(インプット)、パイプラインを作ったか(アウトプット)を測定する場合が考えられます。 

こうしたKPIは、計画の進行速度の健全性を測る指標(Health Check Index)として活用できます。 

 

(2)ストックのKPI 

ストックのKPIとは、自部門がある時点で保有しているリードやパイプラインの状況を測定する指標を指します。件数だけでなく保有期間にも注目する点が重要です。 

インサイドセールスを例に考えると、ある時点でのパイプライン化前のリードの保有件数や、営業フォロー前のパイプラインの保有件数、それらの平均保有期間などが指標となります。 

これらのKPIを測定することで、滞留中の資産量の健全性を評価することができます。 

以上のように、営業デジタルシフトによって営業プロセスを部門間で分業する際には、ファネルごとの状態を測定するKPIやKAIなどを適切に設定・運用することが欠かせません。ぜひ本記事で解説したポイントを踏まえて、現状のKPIの見直しや、新たな営業プロセスに適したKPIの検討を進めてください。 

営業デジタルシフトのメソッド
1.「営業デジタルシフト」がもたらす新たな営業の形とは?
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